コラム
2026年3月12日
今日も世界はクソまみれ
この数週間ほど、このコラムを書こうと思いつつ筆が進まなかった。現実がクソ過ぎるからだ。
あっという間に戦争が始まった。たくさんの人が亡くなっている。日本も巻き込まれそう、というかもう巻き込まれている。
漫画家の性加害と、小学館による性加害者擁護が分かった。まだ少女である女性が、人間扱いされていなかった。
国際女性デーに行われる差別反対のアクションに、「女性差別に反対」という言葉がなかった。どうもその言葉を言えば差別者と認定されるらしかった。意味が分からなかった。
不同意性交の裁判が、「部屋で二人きりで飲んでたら性的行為をされると予想して当然」ということで無罪になっていた。これも意味が分からなかった。
国立の美術館や博物館が、国立なのに「稼がなければ潰す」と国から脅されていた。全く意味が分からなかった。
どっちを向いてもクソなニュースばかりで辟易していて、まともな文章を書ける気がしなかった。かろうじて良いニュースは、園子温が控訴を取り下げたことだろうか。これは本当に良かった。
漫画も映画も、私を構成する大きな要素だ。それらの内部が腐っていると知ることは、私にとって深い悲しみであるし、それらを観たり読んだりした記憶をビリビリに破いてグチャグチャにしてやりたいような衝動にかられる。自分も一緒になってその加害を支えていたのだ、という気持ちになる。実際はそうでないことは分かっている、が。
自分としては手の届く範囲で少しでも世界を良くしようと努力してきたつもりだが、世界はちっとも良くならないどころか、加速度的に悪くなっている。バカバカしくて嫌になる。私たちはこれまで一体何を学んできたのか。
それでも、性加害を許さないと表明する漫画家さんたちや映画界の人々、国会前で憲法改悪反対とデモをする多くの人を見ると、独りではないのだなと感じることはできる。
無力感に苛まれながらも、それでもやっぱり何もせずにもいられないので、このように文章をしたためている次第です。
月曜日に観た映画は、私たちに「生きろ」と言っていた。「生きている限りは負けない」と。「生きているうちは何度でも勝つチャンスがある」と。「僕のそばで生きていてよ」と。
じゃあ仕方ない。今日もクソまみれの世界で、生きて、抗うしかないのか。
しんど。
しんどいし、ずっと絶望していますが、それでも生きます。
終わりたくないので。
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