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コラム

2026年1月16日

「Black Box Diaries」に寄せて

 伊藤詩織監督作品の「Black Box Diaries」を観た。まだその感触が鮮明なうちに、感じたことを記しておきたいと思う。

 観終わった時、私の体には疲れというか重だるさがあり、だが歩いていてもどこかふわふわしているような感覚もあった。映画の約100分の間、私は希望と絶望を行ったり来たりしたように思う。もしかするとそれは監督自身が感じたことの再体験だったのかもしれない。

 映画は、監督が性暴力被害に遭ってから、民事訴訟での勝訴を勝ち取るまでの軌跡をドキュメンタリーにしたものだ。この映画を作ること自体が彼女にとっては相当にトラウマ体験を想起する行動であっただろうと思うと、それだけでもいたたまれない気持ちになる。だが被害者として語るのではなくジャーナリストとして事件を追うという形で自身の体験を記録し続け、それを見つめ続けることは、彼女が自身を守りながら事件と向き合うギリギリの選択だったのだろうと思う。

 しかしこの国は、彼女を守らなかった。まず「証拠がない」などと言われ刑事告訴をなかなか受理されない。やっと受理されて、加害者が逮捕されるかと思えば、されない。頼りにしたい相手からはハラスメントを受ける。加害者が書類送検されても不起訴になる。顔を出して会見すれば誹謗中傷に晒される。民事訴訟を起こせば逆に訴えられる。多くはあらかじめ情報として知っていたこれらを、いざ彼女の表情とともに再体験すると、一つ一つに新鮮に絶望する。

 ホテルのドアマンもタクシー運転手も、おかしいと感じながらも、彼女が被害に遭うことを止めることはできなかった。サンダーバード号事件を思い出す。善良な個人は、時として加害を傍観することでそれに加担する。もちろん加害者が一番悪い。でも加害者が加害できる環境を作るのも、また傍観者なのだ。

 彼女はなぜこんな目に遭わなければならなかったのだろう。なぜこんな扱いを受けなければならないのだろう。本来なら被害者がやらされるべきでないことを、彼女はずっとやっていた。笑われながら、貶められながら。それでも彼女には支援者や共に痛みを分かちあってくれる人がいて、それは確かに希望だったのだろうと思うし、それがあったから彼女も生きながらえたのだろうと思う。けれど、彼女に必要だったのは戦うことではなく、安全な場所で傷を癒やすことだったのに。そもそもその安全を壊されるべきでもなかったのに。

 この事件が刑法の改正に影響を及ぼしたというのは過言ではないだろうし、彼女の訴えが多くの人を助けることには繋がったのだろうと思う。それでも彼女がされたことが柔らぐわけでもないし、彼女を性暴力被害者のアイコンのように扱うことも、彼女の安寧を遠ざける一因となる。現実に、今もなお彼女は非難され続けている。

 映画のパンフレットの表紙には、桜吹雪が映されていた。彼女がこれを美しいとまた思える時はくるのだろうか。それとももう思えているのだろうか。それは私には分からない。

 

 世界中に、理不尽な暴力を受け、それでも沈黙を余儀なくされている人がたくさんいる。おそらくは過去の私もその一人だ。彼女たちが戦わなくてもいい世界にどうしたらなれるのか、その答えは私たちの中にはないし、私たちが考えるべき問題でもない。加害する側の問題を、被害を受けた側が考える必要も義理もないのだから。

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