コラム
2026年1月10日
紅白を見て血がたぎった
明けましておめでとうございます。とは言えもう10日なのですが。こちらも5日から開室しておりまして、コラム更新せねばと思いながら気づけばもう1週間過ぎてしまいました。
年末には紅白を見ていたのですが、私、恥ずかしながらこの度初めてちゃんみなのパフォーマンスを見ました。かっこいい~~~~!!!びっくりした。こんなアーティスト日本にいたんだ!名前とオーディション番組やってたってことだけしか知らなかったので、初めてしっかり曲を聴かせていただいたのですが。めちゃめちゃルッキズムに怒ってる曲じゃん!かっこよ!
そこからちょっと歌詞を改めて調べてみたり、MVやインタビュー動画見てみたりしたんですけども、そこでも「容姿についてのコメントばかりだった」という発言があるなど、まさにそのようなジャッジの視線にさらされ、それに対する怒りの曲なんだな、と改めて感じました。
例えばYouTubeなどを見ていても、男性数人が楽しそうにワイワイやっている動画などを見ると、そのジャンルが何であれ、「これ全く同じことを女性がやったらさぞかし叩かれるし、容姿を揶揄されるんだろうなあ」などとよく思います。実際女性YouTuberへの粘着や容姿ジャッジによりそのチャンネルを閉鎖せざるを得なくなる、ということは起こっています。そうすると男性YouTuberが(まあその中でも大変なことはあるのだろうけど)そういう目に遭わず(あったとしても女性よりも圧倒的に少ない頻度で)やれるというのは、もうそれが男性が社会的強者である証拠なのだと思うのです。そしてもちろんそれはYouTubeに限らず、社会のあらゆる場面で起こっています。
そこで紅白のちゃんみな。
死ぬ死ぬ死ぬ 女が死ぬ
それ!それだよ!勝手に「俺の好きな女の形」を設定されて、それに合わなきゃ「太すぎ」「細すぎ」「でかすぎ」「小さすぎ」って腐して。雑誌でもテレビでも広告でも、色んな場所で色んな形で女性を追い詰めて、それに合わせなきゃと追い詰められた女を「愚か」と蔑んで。あげくは「そんなだとモテないよ」「子どもを産めなくなるよ」とかうっるせーよ!!!
お前のNoは無意味
ほんまにな!お前らのNoに価値はねえし、お前らのNoで私たちは壊れない。声に出して言いたい日本語(Noは英語だけど)。
いや~ほんとすばらしかったわ。あのパフォーマンスできるなら紅白も希望ある。
しかしこれは本当にそうで、これまでずっと、あらゆる場面で女性は男性からの性的な視線という加害を受けて、それが物理的な加害も呼んできたわけです。なのにこれまでそれを「仕方ないこと」「なんならありがたいこと」とされたり、女性側の問題とされてきた。そうしている間にたくさんたくさんの女が死んだ!死ぬ死ぬ死ぬ女が死ぬ!今この瞬間も!
ちゃんみなのパフォーマンス見て、久々になんか滾りましたね。そういう意味では心を新たにできた良い年越しでした。
今年もクソまみれの世界でひとかけらの希望を見いだして生きていきます。今年もよろしくお願いします。
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