コラム
2025年8月18日
傷つきの後にあるもの
お盆休みも終わり、街がまた動き出しています。こちらも先週は夏期休暇をいただきましたが、本日から開室しています。
今年は戦後80年ということで、終戦の日あたりには各局でそれにちなんだ特集や報道がありました。また、総理大臣が13年ぶりにかつての戦争に対して「反省」という言葉を使ったことがニュースになってもいました。戦争責任に対して「いつまで言っているのか」「過去のことをいつまでも謝罪しつづけなければならないのか」という声を聞きますが、戦争は終わった過去のものではなく、未だに続いていると感じます。
80年前、まだトラウマ(心的外傷)体験によるPTSDという言葉も考え方もなく、衝撃的な体験をした多くの人は、適切にケアされることもありませんでした。戦時下は、平時であれば犯罪となるようなことが横行し、場合によってはそれが賞賛されます。「正しさ」は状況によって変化し、それは個人のアイデンティティを大きく揺らすものとなるでしょう。そのような経験をした方達はまだご存命ですし、また彼ら彼女たちが亡くなっても、その傷や痛みはその下の世代に連綿と受け継がれています。戦争トラウマは未だに私たちの世代にも影を落としていると感じますし、そのような体験を国が強要していたということは、忘れてはならないことであると感じています。
トラウマ体験は、もちろん戦争だけではなく、被災や事故などによるものもあります。そのような体験をすれば、過覚醒やフラッシュバックなどの急性のストレス反応を起こすことは決して珍しいことではありませんし、自身を守るための身体の反応であると言えます。そこでそのストレス環境から離れることができたり、適切なケアを受けることができればおさまってくることも多くありますが、そのストレス反応が長期に渡り、生活に大きく支障が出るようになると、PTSDとなってしまいます。
トラウマ体験によるストレス反応の緩和のために必要であることは、ストレス環境から離れるということももちろんですが、「私はあの時悲しかったんだ」「私はあの時とてもつらかったんだ」「その悲しみやつらさは、ケアされるべきものなんだ」と感じられることではないかと思います。考えすぎだとか、自分が悪かったんだとか、そういう時代だったから仕方がないとか、言っても仕方ないから諦めよう、とか。そうして自身の悲しみやつらさ、もしくは怒りをないことにしてしまうと、その感情たちは心の奥深くに沈められ、感じ取ることができなくなってしまいます。そうすることは、「傷が癒えること」ではありません。傷が癒えるためには、傷がある、痛かった、と言える環境が必要です。
今日本はかろうじて戦時下にはありませんが、いつか、ふとしたきっかけでそちら側になだれこんで行くかもしれない。その時、「私はこれに傷ついた、とてもつらい」と言える環境が果たしてあるでしょうか。何かと自己責任だと言われる現在には、すでに「傷つき」を許さない環境の萌芽があるように感じます。傷つくこと自体は避けられないかもしれませんが、それを癒やすことができる、「痛い」「悲しい」「怒っている」と言える環境が、多くの人にあればと思います。
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