コラム
2024年9月17日
誰がために報じる
相も変わらず今日も暑いです。ほんとに秋は来るのかしら。ここ数年春と秋の過ごしやすい期間がどんどん短くなって、ゲリラ豪雨で河川の氾濫や浸水も頻繁に起こるし、気候変動は人が死ぬんだなといつも思います。私は運良くその憂き目に遭ってはいないけれど。
さて、この連休は嬉しいニュースも入ってきました。かねてより好きな俳優である真田広之氏がアメリカで手がけたドラマがエミー賞を受賞。これはとても素晴らしい功績だと思いますが、日本でのキャリアを捨てアメリカに渡り、そこでアジア人差別の無いドラマを自身で作り上げるまで、彼はどれだけの辛酸をなめたのでしょう。そして今朝もそれを大々的に「日本人初の快挙!」と報道するメディア。
おいちょっと待て待て。何個人の努力にフリーライドしようとしてるんだ。今の日本の映画界ドラマ界見てから物言えよ。漫画や小説原作の作品が多いことも、事務所の推しの俳優使うことがありきの作品が多いことも、いつまでたってもハラスメントがなくならないことも、監督による出演者への性加害があってもなあなあにしていることも、原作者が亡くなってしまってもどこも責任をとらないことも。映画・映像という芸術を育てる気もなく、安全に演じてもらう/制作してもらうことも何も保障せずに、演者や制作者のやる気を搾取してきたメディアが、何を言ってるんだ。
ノーベル賞の報道の時もそう。これまでの受賞者が何度も「研究費をもっと出せ」「受益者は個人ではない、国だ」と言っているのに、国はいつまでたっても研究者を育てようとしない。その時に「役に立つ」と国の偉い人が認めた研究をする者に、何かの賞を取った者に、研究費を出す、と本気で言う。そして日本人が受賞したらメディアは大喜びで「日本人で何人目の受賞!」と報道し、研究費の問題について国を追求するわけではない。そして少子化で研究費も少なく苦しい大学は学費を上げ、経済格差が教育格差となり、研究者はもっと少なくなる。これは何かのブラックジョークですか?
日本を出て行った俳優が、研究者が、スポーツ選手が、その他大勢の人が、海外で大きな成果を上げた時、国やメディアは喜ぶのではなく恥じなければならない。これを日本でやらせてやれなかったのだと。日本は安全で豊かな先進国だなんていう幻は捨てて、自分たちが虐げてきたもの、見ようとしてこなかったものに、目を向けなければならない。いつまで「日本すごい!」をやっているのだ。ああ、すごくないから自分で言っているのか。
少子化の緩和も研究者の充実も素晴らしい映像作品を作ることも、すぐに結果が出るわけがない。何十年先を見越して、そこを目指して少しずつ歩みを進めて行くものだ。今回のエミー賞はまさにその歩みがもたらした成果で、彼と、そのスタッフの、長い長い努力の賜だ。そしてそれが正当に評価される場所だったからこそ、成り立ったものだ。それを「日本人」なんて雑なくくりで自分たちの手柄のように報道するな。
自分たちが無駄だと切り捨ててきたもの、いらないと削ってきたもの、見ないようにしてきたもの、それが何だったのかを見つめ直してほしい。私は一人の映画好きとして、自分の生まれた国で、世界に誇れる映像作品が今後も多くできることを、本当に心から望んでいる。
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